憧れの背番号2の引退試合

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    す昨日は珍しく土曜日に外に出る仕事がなかったので、ナゴヤドームに出かけていました。目的は大好きだったプロ野球選手、中日ドラゴンズの荒木雅博選手の引退試合を観戦するためでした。

    荒木選手が入団した時のことはよく覚えています。 その年のドラフト会議では、PL学園の福留孝介選手が注目を浴びていました。
    中日は、福留選手をくじで外し、次の東海大相模の原俊介選手も外しての、熊本工業の荒木選手の指名でした。 本来ならドラスト3位や4位で指名されるはずの選手だったのが、当時の星野監督の一言で順位が繰り上がったということでした。

    まだ高校生の荒木選手を見て、なんだか飄々としている雰囲気が好きになり、その後も注目して見ていました。

    入団から数年間はプロの世界の厳しさに苦労したようです。 昨年2000本安打を打った時に昔のエピソードとしてお母さんが話されていましたが、若い時、2軍の遠征で広島に来て、熊本行きの列車を見ると、辛さから「あれに乗っていけば家に帰れるなあ」と思っていたそうです。

    荒木選手はよく「自分は下手だから練習を続けた」と話しています。
    どんなに活躍して有名になっても、そんな不安を打ち消すために練習をしたんだそうです。決して派手な選手ではないけど、諦めずに続けて、その結果、素晴らしい選手にあった。そんな静かな努力を重ねる姿が好きでした。

    毎年、1〜3試合くらいしかプロ野球観戦できないのですが、10数年前、あの伝説のアライバコンビのグラブトスを生で見たことがあります。

    そして今年、JR名古屋駅の通路で遠征帰りでスーツを着た荒木選手とすれちがったことがありました。 電話されていたので声もかけられませんでしたが、ただただ感激してました(*^^*)

    昨日の試合は、5打数2安打でした。 アウトになってしまいましたが、盗塁も見られて嬉しかったです。 プロ野球を観戦して涙が自然に溢れてきたのは初めてだったかもしれません。 なんの涙か分かりませんが、しいて言えば「感慨」というやつでしょうか。

    荒木選手みたいな野球選手になりたかったな。 背番号2番で中日ドラゴンズのセカンドを守りたかった。 そんな少年時代の想いを重ねて見る憧れの選手でした。

    23年間お疲れ様でした。 中日ドラゴンズに来てくれて、ありがとうという気持ちです。 18歳だった荒木選手が41歳、私も49歳のおっさんになってしまいました。 世代が変わっていくのですね。

    そして私が荒木選手を好きなのを知っていて、チケットをとってくださった先輩、ありがとうございました。 おかげで最後に思い出に残る試合を観ることができました。 感謝申し上げます。

    ● 荒木雅博選手引退特設サイト
    http://dragons.jp/special/araki2/












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