遠くで微笑む

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    お盆もあっという間ですね。
    今年は自宅で仕事をしているうちに終わってしまいました。
    忙しく過ぎていく日々の中で、
    神様は時々“気づき”を与えてくれます。

    先日、私の友人が、以前、私が親しくしていた友人と
    偶然出会ったと教えてくれました。
    私はその友人とは数年会っていなかったのですが、
    その時、私は、懐かしいという思いより、
    以前、私がその友人に話した自分の言葉を思い出しました。
    確か、「いつかこんな仕事ができるようになりたい」と、
    語った覚えがあります。

    それから10年近く経つでしょうか、
    今、私はその言葉どおりの仕事をしています。
    まだ力不足で納得がいく仕事は出来ていませんが、
    あの時、思っていた場所には来られたように思います。
    (独立するとは思っていませんでしたが…)

    たくさん仕事をいただくのはとても有難いことですが、
    どれも限られた時間の中で行わなければならず、
    ついやらされている気持ちになってしまう時があります。

    そんな時、私は数年会っていない友人の話を聞いたことで、
    昔の自分の思いに立ち返ることができました。
    「あの時やりたかった仕事が出来ているんだって」
    その環境にいられることを幸せに思い、
    もっと感謝しなければと思いました。

    ただ、そうは思ってもまた忘れるでしょう。
    でも、本当に忘れそうになった時、
    神様はまた気づきを与えてくれるかもしれません。
    大切なのは、その時、自分が気づけることでしょうか。

    ユーミンの「卒業写真」の歌詞のように、
    人であったり、唄であったり、風景であったり、
    大切なことを忘れそうになった時、
    いつも思い出せてもらっているように思います。

    キューチー

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      8/9〜8/11まで、夏休みをいただいていました。
      最初の二日間は、ここ数年恒例にしている
      関東に住む友人家族と山梨県北杜市でキャンプをし、
      最後の一日は、今春、亡くなった祖母の初盆ということもあり、
      母の実家である長野県長野市へ行っていました。



      前にもこのブログで書いたことがありますが、
      この長野は私にとって第二の故郷。
      中学生になるまでは休みのたびに遊びに行っていました。
      特に夏休みは長く、7月後半から8月20日頃まで、
      約3週間、滞在していました。

      地元の子たちと一緒に毎朝ラジオ体操をし、
      地元の小学校のプールにも行き(今では考えられませんが)、
      お祭りに行ったり、野球をしたり、花火をしたり、
      ずっと一緒に過ごしていました。

      その中で印象深いのが、近くの駄菓子屋。
      お菓子も売っていたのですが、この時期の目的は「花火」。
      子供の頃は「キューチー」と呼んでいましたが、
      多分、「木内商店」といったのではないかと思います。
      他店よりも圧倒的に品揃えが多く、子供たちには魅力的だったのですが、
      難点はおじさんが無愛想で怖かったこと。
      確か、おじさんは目が不自由だった記憶があるのですが、
      どうしても子供には怖く感じてしまい、
      ゆっくり花火を選びたいのに、怖いから少しでも滞在時間を短く
      必要なものを買って出てきてしまう。
      そんなすっきりしない気持ちを抱えていたように思います。

      残念ながら、その場所にはもうお店はありません。
      でも、今にしてみれば、あの少し薄暗くて、
      夏でもひんやりとした空気も懐かしいなあ。
      じいちゃん、ばあちゃんのお参りをしながら、
      そんな昔に少し戻ってきました。

      8ヶ月間の重圧

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        以前、このブログでも書いたことがある
        6時間×3日間のセミナー講師を終えて、
        兵庫県福崎町にある「中小企業大学校関西校」から帰ってきました。



        研修生の評価はいろいろかもしれませんが、
        私なりには、今の私にできることはやり尽くしたように思います。
        今は依頼を受けてから、約8か月間抱えていた重圧から
        解放された気分で安堵の気持ちでいっぱいです。
        資料の作成に、プレゼンの準備、いったいこのセミナーに
        どれだけの時間を費やしたかわかりません。
        仕事なので当たり前のことですが、私にとっては大変な仕事でした。
        でも、今は心からやってよかったと思っています。
        苦労はしましたが、結局、一番学んだのは私のように思います。

        私を講師に選んでくださった関西校の林先生、ありがとうございました。
        今は先生から仕事の依頼をいただく立場になりましたが、
        今でも私は先生に育てていただいている気がします。
        先生のおかげで、私はまた少し階段を上がれたように思います。

        それから、この研修講師をするために、
        日程の件なのでご迷惑をお掛けした皆さん、
        ご協力ありがとうございました。
        また、膨大な資料の校正を手伝ってくれた家族にも感謝しています。
        そして、3日間、つたない私の講義を
        真摯に聞いてくださった研修生の皆さん、
        ありがとうございました。
        願わくば、少しでも皆さんの役に立てていたら、嬉しいです。

        皆さん、私にこのような機会を与えていただいて、
        本当にありがとうございました。

        今夜はゆっくり寝ます。。。

        おじさんのジレンマ

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          今年はどこも長梅雨が続いていますね。
          いつもなら一番天気が安定している時期なのに。
          そのせいで岐阜県の高校野球決勝戦も2日延期になりました。

          今年は古豪「県立岐阜商業」と我が地元の「各務原高校」。
          (ちなみに岐阜商業をわざわざ「県立」としているは、
          「市立岐阜商業」という学校もあるからです)
          各務原高校は、これまでベスト16が最高で、
          創部以来初めての決勝進出だそうです。
          普通なら各務原の名前を全国に知ってもらうためにも、
          無条件に「各務原高校」を応援するのですが、今年は事情が違いました。
          対戦相手の「県立岐阜商業」に甥っ子が居たのです。
          まだ2年生ですが、背番号「10」、左の控え投手としてベンチ入りしています。
          結果は、2-0で「県立岐阜商業」が、3年ぶり、27回目の出場を決めました。

          年頃のせいか、最近は私たちの前ではあまり表情を見せないのですが、
          テレビを通して見た彼は、嬉しそうに仲間と笑っていました。
          彼は義弟の長男なのですが、自分のお父さんより
          8歳年下の私はお兄さんのように見えたのでしょうね。
          小さい時は僕の服装の真似をしたり、
          キャッチボールの相手をしてあげると言ったらすごく喜んでくれました。
          小学校高学年になる頃は、キャッツボールの相手をしても、
          球が速くてもう怖いなと思うようになっていました。

          私は大好きだった野球を中学入学と同時に止めてしまったので、
          彼が野球を続けてくれていることが嬉しかったです。
          「県立岐阜商業」に入学した時も、
          これで甲子園が近くなったのかなとは思っていましたが、
          まさか本当に、しかもこんな早く実現するなんて思ってもいなかったです。

          親族から初めての甲子園球児。きっと喜んでいる人も多いだろうね。
          甲子園出場、おめでとう。よかったね、陽介。
          登板があってもなくても、今、自分ができることを精一杯やりきってきてください。



          城下町いわむら 

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            岐阜県東濃地方の山奥に
            岩村(いわむら)という城下町があるのをご存知ですか?
            市町村合併で今は、恵那市岩村町といいますが、
            今でも岩村城下に広がる商家の町並みが残されていたり、
            農村景観日本一に選ばれた場所があったり、
            地酒やカステーラ(地元ではこう呼んでいます)などの
            特産品があったり、独自の文化を築いています。

            先日、商工会連合会の仕事で、
            この岩村町で東京からUターン創業したばかりの
            家具屋さんの相談に呼ばれました。

            ご夫婦は、ご主人がこの岩村の出身。
            家具職人を目指して上京し、
            専門学校や工房などで修業を重ねてきました。
            奥さんは、同じ専門学校で知り合った北海道出身の女性で、
            やはり家具職人です。
            今春、岩村に戻ると同時に結婚されました。

            二人のつくる家具は、細部までこだわりを感じる優しい家具です。
            手作りなので決して安くはありませんが、
            長く愛用していただける家具であり、
            毎日の生活を心地よく過ごすことができるでしょう。

            岩村は、山に囲まれた田舎かもしれませんが、
            都会の人たちから見れば、逆にこの自然に囲まれた
            岩村でつくる家具だからこそブランドになると思います。
            岩村から、都会の人たちの生活を彩る家具を
            つくっていってくださいね。



            ●マサチロ雑貨店
             恵那市岩村町139-4
             http://masachiro.com/



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